2016年5月 8日放送 落合恵子さん(第1984回)
- 会場
- 門池小学校(沼津市)
- 講師
- 作家・クレヨンハウス主宰 落合恵子
講師紹介
1945年栃木県生まれ。執筆活動と並行して、
子どもの本の専門店クレヨンハウスなどを展開。
総合育児・保育雑誌「月刊クーヨン」や、
オーガニックマガジン「いいね」の発行人。
番組で紹介した本
3匹の犬と眠る夜 著者:落合恵子(平凡社)第1984回「自分自身になること」
カナダの少数民族の中に、
スリー・ドッグ・ナイトという言い伝えがあります。
寒い夜、3匹の大きな犬を枕元に置いて一緒に眠るのです。
犬のハアハアという息遣いを想像するだけでなんだか幸せな気分になります。
誰にでもその3匹の犬にあたるものがあるのではないでしょうか。
それは現実の犬や猫であるかもしれませんが、
その場面を思い出すだけでも心に明るい陽射しが差し込むような、
ある日、ある時、ある場面でその人にとって3匹の犬になってくれるようなもの、
そうしたものをまとめて「3匹の犬と眠る夜」を書きました。
そしてわたしにとっての3匹の犬は何か考えました。
母を7年間自宅で介護して、見送ってから9年が経ちましたが、
私が母といたころの思い出は3匹の犬と同じような暖かさをくれます。
私の髪はどうしてこんな風なのかとよく質問を受けます。
もともとベリーショートだったのですが、
ショートヘアはきちんと美容院に行かないと厄介なことになります。
母の介護をしている時、1人娘の私が美容院に行ったときに
母の容体が急変したらどうしようと考えている矢先、
テレビで見ていたサッカーの試合で、
南の国の選手がこんな髪形をしていました。
彼は試合が終わっって、暑かったのでしょう、
頭から水をかぶって、池に落ちた犬みたいに首をぶるぶると振ると、
元の髪形に戻りました。
それを見て私は「介護の髪形はこれだ」と思ったのです。
母の体の調子はその日によって違い、安定していても、
数秒後には変わってしまうこともよくありました。
この髪形にしたとき、私は母のベッドの横に座って、
母に「私を見て」と言いました。
医者は「お母さんはもう何もわかりませんよ」と言っていましたが、
それは一面の事実です。
数字や数値では測れない部分が人にはあるのです。
「私を見て」と言ったとき、
母はじれったいほどゆっくりと視線を回して私を見ました。
そしてこの髪を見て笑ったのです。
その愛らしい声、赤ちゃんのような表情。
あの母の笑い声と一緒にいたいと思い、
私はずっとこの髪形でいます。
お年寄りが長生きしてよかったと思える社会、
子どもが自分に生まれてよかったと思える社会の実現に向けて、
クレヨンハウスのスタッフが「怒髪(どはつ)」と呼ぶこの髪形で、
社会に手を挙げ続けたいと思います。