| 一つは、子どもは生まれたときはみな天才である。
それをいじくりまわして駄目にしてしまうのは親だから、できるだけいじらないで生まれたままの
感受性とか、生まれたままのすばらしさをそのまま保持してあげるのが親の務めだということ。
もう一つは、感受性が大事だということで、一番良い物をよく見せるということです。
あるお酒の席で父が言っていました。
昔、金の商いをしていた家では、赤ん坊の頃から全く混ぜ物のない純金で遊ばせるそうです。
それを続けると、ある年になって純金でない少しだけ混ぜ物のある金を放り込んだ時に
反射的にその子はそれをよけるのだと。
だから父は、良い物を見せて、できるだけ美味しい物を食べさせて、良い絵とか、
良い音楽を聞かせて私を育てました。
うちの父はそう考えていましたが、子どもの私にとっては、はなはだ迷惑でした。
凄く難しいクラシックの音楽を父が聴いていてる時、私も隣に座れと言われたこともありました。
ある日は、たくさんの絵画の本を持ってきて私に見せるんです。
父は私に「これは良いだろう」って言わずにただ見せるだけなんです。
そして私が興味深く絵を見ているのを嬉しそうに見ているんです。
たまにうちの母が用事でいない時には、パパと絵の書きっこをしようと言って、
題名を決めてたくさんの画用紙に絵を書きました。
今日は馬、今日は富士山などと絵を書いて、父本人は遊んであげてるつもりなんです。
しかし、父の方が口を尖らせて必死になって書いていて、幼心にも私は
「あぁかわいいお父さんだな」と思っていました。
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