| 京都では、お客さんが来る直前にお香をたいて、水をうって迎えます。
すると、相手は「あ、水をしっかりうってくれた。お香の香りもする。
私は客として大事にされてるんだ。」と感じます。
言葉ではないコミュニケーションですが、非常に相手を大切に思う心のあらわれだと思います。
しかし来日した当初はあまり理解できませんでした。
日本の文化で生まれ育っていないからです。
植木のための水撒きの水がちょっと多すぎたんじゃないかな、お香の趣味のある人なんじゃないかなと思いました。客である私のためのものだというのを全く感じなかったのです。
最近の若者は日本の文化に鈍感になってきたと言われます。
これは鈍感というよりも経験不足なのでしょう。文化を知らずに育ってきているのです。
例えば、我慢を覚える日本の文化というのは、畳に基づくと私は思います。
畳の上で生活する事によって自然と暑さや寒さに対して、空腹に対して我慢することを覚えます。
今の子どもたちは畳の少ない家で育っています。
我慢を学ぶ文化を経験していないから「我慢が足りない」と言われてしまうのかもしれません。
文化というものは世代世代へと伝えていくものです。伝えないと伝わらないんですよね。
文化が伝わってないっていうのは受ける側が拒否したんではなくて、
伝える側が伝えてないんだと思います。
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