でも、そんな私が気になって仕方がないのが最近の言葉です。言葉は生きているものだ、といって昔からの言葉を壊してしゃべっている、日本の、特に若い人たちにもうちょっと考えた方がいいわよ、と言いたいです。
日本というのは四季がある国です。この四季があるために昔の人は自然をよくみていました。日が落ちて暗くなったら寝て、朝早く起きて仕事をするという生活の中で、木々の緑や水の色、雲の形など自然をよく観察しました。色一つとってみても、同じ赤でも茜色もあれば朱色もある、細かく色分けができるくらいに言葉が豊かだったんです。こういう豊かな言葉を忘れちゃいけないし無くしちゃいけないと思います。今までにあった素敵な言葉が半分になっちゃう、そんなことだけは絶対にしちゃいけないと思います。
私は「ドラえもん」を卒業した後、ヨーロッパを旅行しました。そしてチェコのプラハに行ったとき、旧知の家族に会いました。そこで聞いたのが、その家庭は、周りは外国語をしゃべる人ばかりの環境の中で、お母さんが息子に一生懸命日本語を教えていたんです。ところが、ある時ふと気付いたら、その子が「私はね、そうじゃないのよ、違うわよ」と言っていた。母親しか日本人がいないから、母親のしゃべる言葉が日本語だと思って、女言葉を覚えてしまったんです。これは大変だと思って、日本から取り寄せたのが「ドラえもん」のビデオテープだったそうです。その子は、「ドラえもん」を見て育ち、のび太やジャイアンやしずかちゃんの言葉を聞いて、ちゃんと男言葉と女言葉を使い分けられるようになりました。
私はこの話しを聞いて、「ドラえもん」をやってきて本当によかったと思いました。
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