| 母はよく裁縫に使う竹のものさしを持っていて下手に弾こうものなら、パシッと叩かれたものです。今だからこそ思うのですが、これだけの執念がなければものを身に付かせるというのは難しかったと思います。
しかしそのような幸せな日々は長くは続かず、父親がある日突然亡くなってしまったのです。まだ40代の働き盛りでしたから、母は父に代わって雑巾のように朝から晩まで働いていました。もちろん私はそれ以来、音楽とは離れた生活をすることになります。
そして大学卒業の時、今度は母が病気で倒れてしまったのです。私は卒業してやりたいこともあったのですが、家業を継ぐことになってしまいました。それからというもの家業再建のため必死に働いたわけですが、3年程経った頃、ふと鏡を見ると覇気のない疲れた顔の自分の姿がありました。その時です。子供の頃好きだった音楽という道にもう一度賭けてみようと思ったのです。
そして今、日本にいる50人の指揮者の1人として活動しているわけですが、自分の音楽のルーツは何だろうと考えることがあります。それは学校でもなんでもなく、母のものさしの感覚なんですよね。
母親の一言が子どもの心に何十年も残り、子どもの才能によってそれが開花していくのです。ぜひ皆さんもお子さんに負けない強い愛情で接してあげてください。
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