| しかし当時は太平洋戦争真っ只中で、我が家にも戦争の波が押し寄せてきました。私が小学校1年の時に東京大空襲が起こり、サイレンの音に怯えながら祖母に手を引かれて防空壕に逃げ込んだことを覚えています。
何とか一家無事に空襲を乗り切ったのですが父親が戦争の衝撃から働く気を失ってしまい、次第に生活が逼迫してきました。このことから両親は離婚、母と暮らすことになった私は、小学校4年だったのにも関わらず働かざるをえなくなってしまいました。新聞配達をしたり空き瓶を集めて売ったりと何とかして苦労している母を支えたいと頑張ったものです。
そんな少年時代を過ごしてきた自分にも長男が生まれました。私の父親としての方針は絶対に叱ったり比べたりしないということです。このような方針を持っていたのは、戦争を経験していることが大きいです。昨日まで一緒に遊んでいた友達が次の日に爆撃で死亡する姿を目撃しました。このように死生観というものをはっきり持っていたので、人生何が起こるかわからない、だからこそ自分に授かった子どもは何としても大事に育てようと自然に思えました。この子の良さはこの子にしかない、人と比べずに好きなことは何でもやらせました。皆さんもそのような気持ちで子育てをしてみてください。
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