| 監督だった私と選手の関係は、親子と同じではないかと思っています。
シドニー五輪で銀メダル、アテネでは銅メダルでしたが、色々と批判をうけました。
アテネ五輪では、上野選手を使いきれなかった監督の私がいます。
上野は、大切な試合で「私を起用してくれなかったのはなぜなのか」と悩んだそうです。
信頼されていないと思ったのです。
実は、上野はアテネに来てすぐ高熱を出し、その後、蜂にも刺されてしまいました。
私は、自己管理ができていないし、エースとしての自覚もないと判断し、
最後の試合に上野を使いませんでした。
私の判断は間違っていないと思っていますが、私も上野も悩み葛藤がありました。
その後、私は上野に会えば必ず挨拶をし、
「勘違いするな。守ってくれて、点をとってくれる選手達がいるから、チームは勝つのだ」
と言い続けました。そして、「私の夢を叶えてくれ。」とも言いました。
上野に託したのです、私の夢を。親と一緒です。
北京で金メダルが決まったあと上野が「一球たりとも自分のために投げていない。
宇津木総監督、チームメイト、そして日本中のファンのために投げた。」とコメントしましたが、
辛かっただろうにごめんね、という気持ちでいっぱいでした。
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