「もう一度撮りたい」 まひ残る手でシャッター切る父 支える息子  

2020年01月25日(土)

地域

脳梗塞に倒れ、懸命にリハビリに励む父親を息子が撮影した写真。
写真愛好家の親子の写真展が静岡市で開かれています。

訪れた人からは多くの励ましの声が寄せられ、再び父親が自らの手でシャッターを切れるまでになりました。二人三脚で歩む2人の思いに迫ります。

静岡市駿河区の小池豊さん(84)と、息子の正規さん(53)。

息子・正規さん 「このカメラが父の歴史ですね」

20代でカメラと出会った豊さん。
県内各地で写真を撮影し、正規さんと親子で写真展を開く腕前でした。

しかし…

息子・正規さん 「だいぶ弱ったなあ、足が」
父・豊さん 「弱っちゃった…」

豊さんを襲ったのは、突然の病魔でした。

息子・正規さん 
「ご飯を食べてテレビを見ながら寝入ってしまったらしいんですね。後ろにそのまま(椅子から)ひっくり返って肩を打って痛いと。車いすで(病院の)受付したところで、朝8時半頃みるみる体が傾いてきて、よだれが出て呂律が回らなくて」

◆後遺症が残ったシャッターを切る“右腕”

診断の結果は脳梗塞。
集中治療室で何とか一命は取り留めたものの、右半身には麻痺が。
特に強く後遺症が残ったのは、シャッターを切る“右腕”でした。

父・豊さん 「(右手のスプーンで食べて)うん、うまい。こっち(左手)は慣れる。こっち(右手)を使えっていうけんね、こっちはなかなか上手くいかない」

握力が弱った右手でも握ることができる介護用のスプーンと、バネがついた箸を使っての食事。
今では積極的にリハビリに取り組んでいますが、最初は不安だらけでした。

息子・正規さん
「5月頃ですかね。当時は毎晩眠れないって不眠を訴えて、『こんなになっちゃった』っていう言葉もすごく心に残ってるんですけど。シャッターも押せるかな、生活もどうなるかな、不安だらけで毎日眠れないと言っていました」

そんな豊さんをよみがえらせたのは、写真でした。

◆「もう一度写真を撮りたい」

正規さんが入院先の病院で7月に開いた豊さんの写真展。
豊さんは自分が撮った写真を見て「もう一度写真を撮りたい」と涙を流しました。

息子・正規さん
「リハビリの病院にカメラを持ち込んだのは、7月の半ばごろだったと思うんですけど。そのころから父の表情も明るくなって、『また写真撮りたい』って前向きになってくれて」

◆病気と向き合う人に届いた写真

父の頑張る姿を残しておきたいと、息子もカメラを構え撮りました。
12月からは豊さんのリハビリ生活を撮影した写真、約50点の展示を始めました。

写真展を訪れた男性
「自分も、もし病気になった時に絶対家族や周りの人のためにも、頑張って生きなきゃって思いました」

別の男性
「こんな元気になりましたよという証明をみなさんに見て頂くのは、同じような病気になった方の回復に、すごく役に立つんじゃないかと思いますね」

訪れた人たちが書き残したメッセージも、豊さんのリハビリを後押ししました。

ノートに記されたメッセージには
「リハビリがんばって作品の続きをぜひまた見せてください!」
「私も入院中ですが早く退院できるよう頑張ります」

父・豊さん 「みんなが支えてくれたもんで頑張っていられるけんね、これからもうひと踏ん張りね、シャッターを切ってね。頑張ってやらなきゃね」

◆カメラを再び構えた父・豊さん

退院した豊さんは、撮影を再開しました。

息子・正規さん
「撮れるか?手が冷たい…あっためてやるか。大丈夫?」

正規さんは父の手をさすって温めます。

父・豊さん
「だめだね。(撮った写真みて)う~ん、こんなとこだな、だめだな」
息子・正規さん
「狙うときの構図とかね、『走ってる人が…』なんて言ってね、妥協しないんですよ」

◆目標は「東京五輪を2人で撮る」

豊さんの新たな目標は、前回の東京オリンピックでも撮影した「聖火ランナー」を、今度は正規さんと2人で撮影することです。

息子・正規さん「葵区の浅間さんから(聖火リレーが)出るんだって」
父・豊さん「そうか」
息子・正規さん「車椅子で陣取って撮るだよ。そして昔のオリンピックと今回の東京大会を並べて写真展やるか」

自らが愛した写真で、生きる力を取り戻した父。
親子で支え合いながら、これからもシャッターを切り続けます。

「小池豊 写真展」「小池正規 写真展」は1月31日まで、静岡市駿河区の静岡済生会総合病院で開かれています。

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