梶井基次郎生誕120年・小説の題材となったコンサートを再現 伊豆・湯ヶ島

2021年03月29日(月)

地域

高校の教科書にも掲載されている小説「檸檬」。

作家の梶井基次郎は今年で生誕120年を迎えました。

結核の療養をしながら伊豆で創作を続けた文豪をしのび、作品のモチーフとなったコンサートが再現されました。

3月、静岡県伊豆市で開かれたピアノコンサート。

1925年に帝国ホテルで行われたコンサートを再現したものです。

梶井基次郎(かじい・もとじろう)は、このコンサートを聴いた経験をもとに小説「器楽的幻覚」を書き上げました。

大阪出身で若くして結核を患い、31歳で生涯を閉じた梶井基次郎。

1925年、25歳の大みそかに、療養のため伊豆・湯ヶ島を訪れます。

当時「伊豆の踊子」を湯ヶ島で執筆中だった川端康成を訪ね、紹介されたのが旅館「湯川屋」でした。

ここでの1年半で6編の小説を書き上げています。

「お参りしていただいてから、檸檬塚のところにお持ちの檸檬を置いていただければと思います」

毎年、梶井基次郎の命日に合わせて開かれる「湯ヶ島・檸檬忌(れもんき)」。

小説は今なお文学ファンの心をつかんだままです。

参列者 「大人になってから読み直すと新たな気持ちになって」

別の参列者 「(梶井の魅力は)やっぱり素晴らしい描写とかですね、人の気持ちの描写の仕方とか」

今回のコンサート企画した神田航平さん。

「湯川屋」は、母親の実家です。

神田航平さん 「梶井基次郎の小説だけじゃなくて、それを通じて湯ヶ島にも来てほしいし、見てもらいたいという思いでやっております」

湯ヶ島を題材にした小説も残した梶井基次郎。

都会の喧騒から離れ湯ヶ島の豊かな自然に魅了され、病魔にむしばまれた絶望の中で、人の営みや命を見つめる感性が広がっていきます。

小説「蒼きゅう」より

「そんな風景のうえを遊んでいた私の眼は 二つの渓をへだてた杉山の上から青空の透いて見えるほど淡い雲が絶えず湧いて来るのを見たとき、不知不識そのなかへ吸い込まれて行った。」

小説「筧の話」より

「澄み透った水音にしばらく耳を傾けていると、聴覚と視覚との統一はすぐばらばらになってしまって、変な錯誤の感じとともに訝かしい魅惑が私の心を充たして来るのだった。」

湯ヶ島から大阪へ戻った梶井基次郎が発表した「器楽的幻覚」。

大都会・東京で聞いたコンサートを、湯ヶ島での暮らしを通して作品にしました。

演奏はピアニストの平沢匡朗(まさあき)さん。

当時の資料を基に5曲を再現します。

平沢匡朗さん 「素晴らしい文学者の心を駆り立てて、そういう文章を書くに至らせたかわけだから、そういう音楽の力というのを自分も信じつつ、皆さんにも楽しんでいただけたらと思っております」

「ある秋仏蘭西から来た年若い洋琴家がその国の伝統的な技巧で豊富な数の楽曲を冬にかけて演奏して行ったことがあった。」

96年の時を超えたコンサートは「器楽的幻覚」の朗読から始まりました。

小説「器楽的幻覚」より

「そして第一部の長いソナタを一小節も聴き落すまいとしながら聞き続けていった。それが終わったとき、私は自分をそのソナタの全感情のなかに没入させることができたことを感じた。」

ーベートーベン・ピアノソナタ第17番ニ短調「テンペスト」ー

「演奏者の白い十本の指があるときは泡を噛んで進んでゆく波頭のように、あるときは戯れ合っている家畜のように鍵盤に挑みかかっていた。」

ードビュッシー「版画」ー

「それは演奏者の右手が高いピッチのピアニッシモに細かく振れているときだった。人々は一斉に息を殺してその微妙な音に絶え入っていた。ふとその完全な窒息に眼覚めたとき愕然と私はしたのだ。」

ーリスト「メフィストワルツ第1番」ー

観客 「すごくよかった。本当に楽しく過ごさせていただきました」

別の観客 「こんなことないから素晴らしくよかったなと。たびたびこういうのやっていただくと、みんな身近に感じるんじゃないかと思いました」

神田航平さん 「世界観に浸っていただけるという点では、本当に皆さん気持ちよく帰っていただけたんじゃないかなと思います。本当に良かった、良いイベントになったと思います」

小説の題材となったコンサートの再現。

文豪ゆかりの地、伊豆・湯ヶ島の魅力を掘り起こす新たな切り口となりました。

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