
2025年3月23日放送
- 会場
- テレビ静岡(静岡市)
- 講師
- 在宅ホスピス医 内藤いづみ
プロフィール
1956年山梨県生まれ。福島県立医大卒業。
1995年甲府市にふじ内科クリニックを開業。
命に寄り添う在宅ホスピスケアを30年以上にわたって実践し、
自宅での看取りを支えている。
第 2424 回
いい塩梅でサバイバル
「塩梅(あんばい)」という言葉があります。味の加減を調節する時に使ったりしますが、一般的に使われると、広い意味があって様々な捉え方ができます。それが大人の知恵じゃないかなと思うんです。
私は「在宅ホスピスケア」を甲府市で30年近く実践しています。ある若い夫妻が、私が主催する「命を考える勉強会」に参加して、どうやったらより良い人生を送れるのか、年取った親を支えられるのかという勉強を一緒にしていました。
その後、お父様が難聴になり認知症が出てきて、さらには食道がんだと診断されました。現代の医学ではいろんな手段、選択肢があるので、息子さん夫妻がお父さんにどうしたいかを聞くと、「俺はもう病院で治療するのは嫌だ」と言いました。「うちにいるようなわがままを聞いてくれるけ」と、甲州弁で頼んだそうです。息子さんが相談に来たので、「どんな病状でも支えてくれる専門家を集めて、家にいることを可能にできると思うよ」と答えました。
介護保険サービスを受けると、関係者が定期的に集まって「命をどう支えるか」という会議をします。本人が参加するのが前提ですが、本当に耳が遠いので「息子さんが代理なら本人は来なくてもいいかな」と不遜にも思ったんです。すると、ケアマネージャーが「ダメです、自分のための会議に本人が出られないなんてことはありえません」と言って連れて来ました。
真ん中にお父さんを置いて、がんの症状が出たら痛みなどで辛くないようにしっかり対処するけれど、まずはそれまでの暮らしをどう支えるかという話し合いをしました。本人は目を半分瞑った感じで、「聞こえてないだろうな」と思っていましたが、会議が終わる頃になったら、目から一筋涙がツーって流れたんです。看護師が涙をふいて「大丈夫?」と聞いたら、ちっちゃな声で「いいあんべえでおねげえしやす(いい塩梅でお願いします)」って言ったの。すごい言葉だと思いませんか?
どんなこともパーフェクトっていうのはない。でも、これだけいろんな職種の人が集まって、自分のために話し合ってくれる。それをありがたいって多分お思いになって。しかも「いい塩梅で」です。「100%でなくていいから、ぜひ『のりしろ』のあるみんなが救われる方法で考えてください」って本人が言ったんですよ。私たちはみんなで「頑張ろうね」って約束をしました。その時、私の胸の中に、「いい塩梅」って言葉がストンって落ちたんです。
AIが発達して、「0か1か」「黒か白か」という時代に、どっちでもなく、のりしろがある「いい着地点」というのは、「みんなが思わないと消えちゃうぞ」と感じました。AIの便利なところは利用するけれど、ああでもない、こうでもないと考えながら、苦しみながら、「人間らしさ」「人間力」を私たちは手放しちゃいけないなってつくづく思います。そして、許し許される。100%じゃなくていいじゃないですか。人間だから。「許される」っていうその気持ちは、とても温かい愛情だと思います。
ぜひ皆さんも「いい塩梅って何かな?」と、頭の中でちょっと考えてみてください。
【番組で紹介した本】 「いい塩梅でサバイバル」 著:内藤いづみ(風來舎)