
2023年1月22日放送
- 会場
- 聖隷クリストファー中・高等学校(浜松市)
- 講師
- 教育改革実践家 藤原和博
プロフィール
1955年生まれ。
1978年東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。
2003年より5年間、東京都内では義務教育初の民間人として、和田中学校校長に。
著書「坂の上の坂」は12万部を超えるベストセラー。
第 2315 回
それぞれ一人一人の時代へ
私は、中学校に入った時に買ってもらった腕時計を40年間愛用していました。当時は中学入学のタイミングで腕時計と万年筆をもらうのがひとつのブームでした。不思議なことに、無くしたりどこかに置き忘れたりしても必ず手元に帰って来る時計でした。故障して止まることが何度もありましたがその都度、時計店に行って修理をしました。
私が52歳の時、また時計が止まってしまいました。東京都杉並区の和田中学校で初の民間人校長として5年間を過ごし、私も三年生と一緒に中学を卒業する年でした。近くの時計店を回ったのですが、部品が残っていないため修理できません。止まってしまった腕時計はあきらめざるを得ませんでしたが、自分の卒業記念、そして5年間よくやった自分へのご褒美の意味も込めて新しい腕時計を買おうと思いました。
国内はもとより海外のメーカーも調べました。なかなか好みの腕時計がみつかりません。最近は多機能なクロノグラフタイプの腕時計は種類が豊富ですが、すっきりしていてシンプルなデザインの腕時計はなかなかありません。そして調べていくうちに、ふたつの事実を知ることになりました。
まずひとつは、腕時計の原価です。針を動かすためのエンジン部分は「ムーブメント」と呼ばれます。この一番重要な部分の原価はいくらだと思いますか?答えは、概ね4千円台です。時計評論家や時計メーカーの技術者など事情に詳しい人によると、腕時計の技術は既に極まっていて原価は安くできるようになっているということです。そうであれば、ムーブメントを仕入れてデザインを施したら安くてクオリティが高い腕時計が作れそうな気がします。
もうひとつわかったことは1回の生産での出荷最小単位、いわゆる「ロット」です。大量生産の時代から多品種少量生産の時代に入っていることは間違いありません。しかし、新製品を作ったら小売店の店頭にも並べますし、ある程度の個数を生産しないとコストは下がりません。腕時計でいうと、いまは一度に300台以上作るものはほとんどないそうです。
確かに私のオリジナルで「1台だけお願いしたい」と言ったら断られるかもしれません。それでは、できる限りリーズナブルな値段を設定して腕時計を生産・販売し、利益が出るロット(最小単位)は何台くらいになるのでしょう?答えは25~50台、多くても100台ということです。もはや多品種少量生産から「個別生産」に近い時代になっています。
私が腕時計の自分ブランドに取り組んだ背景には日本の職人技術の伝統を守るという意味合いもありました。腕時計だけでなくTシャツや香水、身近なもので言えばマスクなども自分ブランドを作ることが可能です。大量生産の時代からそれぞれ一人一人の時代へ。自分自身の生活を、自分のオリジナリティで豊かにしていく。こうした取り組みがもっと広がってもいいと思います。