
2023年2月5日放送
- 会場
- 沼津市民文化センター(沼津市)
- 講師
- 作家・クレヨンハウス主宰 落合恵子
プロフィール
1945年栃木県生まれ。執筆活動と並行して、子どもの本の専門店クレヨンハウスなどを展開。
総合育児・保育雑誌「月刊クーヨン」や、オーガニックマガジン「いいね」の発行人。
第 2317 回
生き急がない 丁寧な生き方
ひとつの時代、ひとつの文化には共通するものがあります。一人一人が違う人生を生きているけれど、その人たちを囲む文化歴史というのは共通します。その中で必死に自分であろうとします。
歴史を意味する英語は「History」真ん中で分けると「his+story」彼の物語です。社会を形作っていたのは「his+story」だけではありません。ある意味対抗するものとして「her」+「story」=「Herstory」彼女の物語という言葉が使われたこともありました。小説「わたしたち」は4人の女性のそれぞれの「Herstory」であり、4人に共通する社会を描いた全員の物語でもあります。
13歳で出会った4人が長い月日を経て再会した時、誰かがふざけて言います。「今度集まるのは4人のうちのひとりのお葬式かもね」と。「そうね。樹木葬がいい?それとも海に散骨?」。思い出すのは13歳の出会った頃、みんなで行った臨海学校。その海の青さであり、その夜話した大人には聞かせられない秘密の会話です。物語はそこから始まり、70代まで続く「友情」をテーマにしています。
「友情」とは何でしょうか?家族の愛情とも違います。友情は淡いものでありながら、ともに生きていく証のようなものかもしれません。小説「わたしたち」の大きなテーマのひとつであり、次の言葉が的確に表現しています。これはアメリカでDVなどから女性を守るシェルターで見た言葉です。
Don't walk behind me;
(わたしの後ろを歩かないでください)
I may not lead.
(わたしはあなたを、リードすることはできないでしょうから)
Don't walk in front of me;
(わたしの前を歩かないでください)
I may not follow.
(わたしはあなたに、従うことはできないでしょうから)
Just walk beside me and be my friend.
(わたしのすぐ隣りを歩いてください。そして友だちでいてください)
人間関係の理想的な距離の取り方がこの言葉の中にあるのかもしれません。そして「わたしたち」という4人組を支えていたのもこの言葉です。
「人生は一冊の本である」と書いた詩人がいました。確かに一冊の本かもしれません。気が遠くなるほど「長編」だと思えた人生。それが実は「短編小説」だったと気づく時がいつか来ます。わたしたちが今生きている時間は、生きたいと願いながら生きられなかった人たちが遺していってくれた時間なのです。だからこそ今という時間、そして人生という小説の1ページ1ページ、その1行1行がかけがえのないものだと言えるのではないでしょうか。