2025年6月29日放送

会場
静岡県男女共同参画センターあざれあ(静岡市)
講師
落語家 立川談慶

プロフィール

1965年長野県生まれ。慶応義塾大学卒業。3年間のサラリーマン経験を経て、落語の道へ。
立川談志18番目の弟子。2005年真打昇進。本格派(本書く派)落語家、著述業でも活躍。

第 2438 回
究極の気づかい術

私は25歳の時に立川談志18番目の弟子として入門しました。うちの師匠はとにかくロジカル、理論派で、「俺は学校の先生じゃないから教えはしない」「俺は小言でモノを言う」って言うんです。だから師匠の小言をどうクリアして、どう自分のエキスとして携えていくかが落語家としての修行というわけです。

入門して最初に食らった小言は『あいさつ』についてでした。落語家に限らず芸人全般のエチケットで、先輩に会ったらいつ何時でも「おはようございます」というのが礼儀です。朝だけでなく昼でも夜でも「おはようございます」で、これがなかなか言いにくかった。一番初め、師匠にあった時に夜だったんですよ。それでついね、おざなりに「おはようございま~す」と言ってしまいました。そうしたら、これに師匠は怒った。

「あいさつをメロディーで言うな。馬鹿野郎」

この言葉を全身で受け止めてしまうと、もうパワハラにしか考えられないわけですよ。だから弟子として大事なのは「師匠の小言から感情を差し引く」ということです。要するに「この人は何を訴えたいのか?」というふうに考える。小言を言われて非常に不快ですけど、この本質は違うなと。「お前は言葉を生業として生きるんだろう。これから言葉をベースに生きるんだったら言葉に魂を込めろ。そんな投げやりな言葉、俺に向かって使うんじゃない」というね。これが師匠からのメッセージだと思ってわきまえて「おはようございます!」と言い直しました。

尊敬できる人から発せられたことを、こういう具合に受け止めていけば、いろんなものが吸収できますよという、これは一般社会でも使えるんじゃないでしょうか。

ところがまた別のとき、さらなる小言が待ち構えていたんですね。うちの師匠の元には出版社とか作家から「読んでください」と山のような献本が届けられます。ある日、師匠から「これお前にやる」と、本を五、六冊もらいました。私も忙しかったから、「まあ適当に読んでおきゃいいや」って感じでほっといたら、次の日師匠が「あれ、何書いてあった?」って聞くんですよ。はあ、いけねえ!慌てて「これから読みます」と答えたら、師匠が涼しい顔して「分かった分かった。ああ、いい。その辺で遊んでろ」って。これは怖い小言ですよ。「お前は俺から与えられたメッセージを無下にするのか。それでいいのか、分かった何もするな。お前その辺で遊んでろ」ってことですから。

この師匠から言われたセリフが怖くてビビっちゃって。その日もう徹夜に近い状態で、いただいた本のあらすじを全部レポートにまとめて、次の日伝えることによって、なんとかリカバリーができました。それ以来、私は師匠の献本担当。この修行のおかげで私は今、著述家として27冊もの本を書くことができているわけです。

『気づかい』を突き詰めると結局自分の役に立つ。師匠から言われた無茶ぶり、そしてこれに応えるための究極の気づかいが今の自分を作っているということです。前座修行に9年半もかかってしまったんですが、これも見方を変えたら談志からの気遣いだったんじゃないかと思うわけです。

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