2026年7月19日放送
- 会場
- 静岡県男女共同参画センターあざれあ(静岡市)
- 講師
- 在宅ホスピス医 内藤いづみ
プロフィール
1956年山梨県生まれ。福島県立医大卒業。
1995年甲府市にふじ内科クリニックを開業。
命に寄り添う在宅ホスピスケアを30年以上にわたって実践し、
自宅での看取りを支えている。
第 2491 回
いい塩梅で生き抜く
ある末期がんの患者さんが、自身の「ケア会議」に参加したときのことです。最後をどう支えるかをご家族やスタッフみんなで一生懸命話し合いました。その患者さんは認知症があって、耳も遠くてほとんど聞こえていませんでしたが、最後に涙をポトンと落として「ありがとう。いい塩梅でお願いします」と言いました。白黒はっきりさせるのではなく、自分も見守る人たちも追い詰めない、いい感じをみんなで目指そうって思わせてくれる。そんな素敵な言葉だと思いました。
『いい塩梅(あんばい)』という言葉は、在宅ホスピスケアをしている私にとって大事なキーワードです。もともとは料理の塩加減を意味しますが、私たちは「いいバランス」「いい落としどころ」という意味合いで使っています。
あるとき70代後半の女性に肺がんが見つかりました。彼女は「病院は好きじゃない。家で気ままに過ごしたい」と言いました。それから3年半もの間、家族に囲まれ、食べたい物を食べて気ままに暮らしました。しかし、ついにがんが進行を始めました。私は、ここからは限られた時間になることを告げ、改めて病院に行かなくていいかを本人に確認すると、彼女は大きな声で「絶対に行かない」と言いました。娘や親戚が美味しいものをいっぱい運んできてくれて、こんなに快適な生活はないって言うんです。孫やひ孫までみんなが彼女の周りに布団を敷いて付き添い、まるで民宿のよう。彼女は、心から喜びに満ちた笑顔をしていました。
いよいよ最期が近いと感じた私は、彼女に「今日は私の先生になって、今の気持ちを教えてくれますか?」とお願いしました。信頼関係があるからこそ、できるお願いです。すると彼女は「じゃあ今日は内藤先生の先生になってやるよ」と言って、こう続けました。「いつかこういう時が来るだろうってわかってた。それが今なんだ、という気持ちです」。私が「悲しい?」と聞くと、「悲しくないよ。いろんな人が会いに来てくれて本当にいい時間を過ごせた。内藤先生、ありがとうね」と答えました。彼女はその後、昏睡状態になり1週間ほどで静かに息を引き取りました。
その女性は、最後をどうやって生き抜くのか、ということを見せてくれた素晴らしい方だったと思います。大切なのは自分の人生そのものを素直に受け入れて、自分の命に光をあてて自分らしく生き抜くこと。そして、『いい塩梅』を見つけながら、「自分の人生は良かったな」と思えたら、こんなに幸せなことはないと思います。