
2024年1月28日放送
- 会場
- 原地区センター(沼津市)
- 講師
- チベット声楽家 バイマーヤンジン
プロフィール
チベット・アムド地方出身。名前はチベット語で「蓮の花にのった音楽の神様」の意味。中国国立四川音楽大学卒業。
1994年来日後、全国でコンサートや講演を行い、チベットの学校建設にも力を注いでいる。
第 2366 回
親の願い 子どもの夢
私には一人息子がいます。結婚して12年でやっと授かった子で、息子が生まれた日のこと、その喜びや感動をいまでも覚えています。
そんな息子もあっという間に18歳、高校3年生になりました。でも、進路がなかなか決まらず私も夫も焦っていたある日、息子が「僕はチベット人と日本人の間に生まれたのだから、この貴重な文化背景を活かすため、大学で民俗学を学びたい」と言ったのです。
びっくりして、「民俗学を学んで何をしたいの?」と聞くと、「毎年チベットに行き、真っ青な空や草原が広がる大自然や笑顔が素敵な人たちに会って、大好きになった。でも、ニュースで見るチベットはマイナス的に書かれていることが多いから、いろいろ学んで、自分が見て感じたチベットをそのまま世界に伝えたいんだ」と言います。
私は感動して涙が出ました。チベット人としてこんなに嬉しいことはありません。けれど次の瞬間、母親としての私が出てきて複雑な気持ちになりました。「民俗学の道に進むと、就職が難しいのではないか」と思ったからです。
悩みながら息子と話していくうちに、自分のことを思い出しました。
高校の音楽の先生に勧められ音大を目指し、合格の知らせに村中が湧きました。とても喜び「何を学ぶの?」と聞く親に、「歌を勉強しに行く」と言ったら驚き、「あなたが勉強するのは人を助けるためでしょ?先生やお医者さんになるのならいいけれど、なぜ歌なの?賛成できない」と、深い疑問を持ったようでした。しかし、先生たちが説得してくれ、親も仕方なく大学進学を支援してくれました。
私はこの道に進んで本当に良かった。歌えることがすごく幸せだし、歌で人を癒し勇気づけることもでき、何よりも歌を通していろんな出会いがありました。そして、チベットで学校建設を進めるという大きな夢も実現できました。そのことを思ったとき、息子の夢を応援しようという気持ちになったのです。
健康維持のため毎晩、親子3人で家の周りを歩いています。歩きながら、「民族学について教えて」と言ったら、息子が「この民族にはこういう歴史があって、この民族同士はこういうふうに対立して、こういう背景があって」と、驚くほど詳しく話してくれました。街灯で息子の顔が照らされると、本当に生き生きとした表情です。「ああ、この子はやっぱり民俗学が好きなんだなぁ」と思いました。普段は話しかけても一言二言しか返ってこないのに、一時間喋ってもまだ足りないくらいです。そんなに詳しい好きな科目のことを、私は全然見てこなかったのだとすごく反省しました。好きなものをやると全然力が違うんですね。それで私は「わかった。大学で学びたいことを自分で決めていいよ」と伝えました。
「親は子に育てられる」と言いますが、改めてそう思いました。息子の輝きを見て、私はこれからも息子の前を歩むよりも、一歩後ろで見守りながら息子の幸せを願い一生懸命応援していきたいと思っています。