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過去の放送

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2012年11月 3日放送 相田一人さん(第1811回)

会場
大須賀中央公民館(掛川市)
講師
相田みつを美術館館長 相田一人

講師紹介

1955年栃木県生まれ。相田みつをの長男。
東京国際フォーラムにある「相田みつを美術館」館長。
現在、美術館業務の傍ら、
全国各地での講演活動や執筆活動を行っている。


ポイント第1811回「麗老」

私の父、相田みつをが晩年さかんに書いていたのが「麗老」という言葉です。
大正13年に生まれ、平成3年に67歳で突然亡くなった父ですが、
自分の書はまだまだこれからだといつも話していました。

「麗老」はどの辞書にもない、父の造語です。
そしてその背景には、ある作品が浮かんできます。
「一生勉強 一生青春」という作品です。
これは父の座右の銘のようでした。
私から見ると、父はこの言葉の旗を振り続けながら67歳の生涯を駆け抜けていったように感じます。
「年をとると、心も体も硬くなる。でも精神だけは若くありたい」と言っていました。

ある時、父は、アトリエの庭に生えているたけのこの長さを物差しで測り、
早いものは一日で60センチも伸びることを知りました。
そのことを詩に書いていますが、そこには「たけのこが伸びるのはやわらかいから 固くなると伸びが止まります」「やわらかい心を持ちましょう 若竹のような」という一節があります。
これが「一生勉強 一生青春」につながったと思います。

父が「麗老」という言葉に出会うまでには長い時間がかかっています。
30代のころの作品に、
「毎日毎日の足跡がおのずから人生の答えを出す きれいな足跡にはきれいな水がたまる」というのがあります。
また同じような作品に「そのうちそのうちべんかいしながら日がくれる」とうのもありますが、
どちらもちょっと怖いですね。
父は30代のころから「老い」ということを考えていたのです。 
  
父の作品の大きな特徴は、人間の弱さを認めていた点にあると思います。
「むりをしないでなまけない わたしは弱い人間だから」という作品にそれが表れています。

「麗老」という言葉は、父がある時尊敬する故郷の女性医師と会い、
70歳を超えているその人の後ろ姿に凛とした気高さを見て浮かんだ言葉だといいます。

日本は高齢化社会になり、これからますます「麗老」の人達が増えてきます。
この時代に、父の言葉がより多くの人に読まれるといいなと思っています。

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