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過去の放送

過去の放送

2015年10月11日放送 今井通子さん(第1955回)

会場
沼津市第一地区センター(沼津市)
講師
医師・登山家 今井通子

講師紹介

1942年東京都生まれ。
東京女子医科大学卒業。
1967年、女性パーティとして世界で初めて
マッターホルン北壁登頂に成功し、
女性として世界初の欧州3大北壁完登者となる。
国内外でトレッキングツアー講師を務める傍ら、
講演執筆活動を行う。


ポイント第1955回「自然から学ぶ」

1967年にマッターホルン北壁を若山美子さんと組んで登りました。

女性による世界初の北壁完登でした。

それがきっかけでヨーロッパアルプスを何度も登りに行って、

アイガーにも登りました。

1か月ほどかけて新しいルートを作りました。

それはアイガー北壁のど真ん中を通るルートでした。

同じスイスのグランドジョラス北壁は氷河の中を登り、

頂上では今の夫と結婚式を挙げました。

当時はロッククライミングが生活の中心でしたので、

普通の人がホテルなどでする結婚式も自然の中でやったのです。

1975年にはダウラギリ四峰という未登頂の山に登り、

79年にはダウラギリの2,3,5峰を縦走しました。

これも世界で初です。

この時は3峰の途中でばててしまった人が二人いて、

どちらから助けるかと言うことでもめたりし、

今でも思い出すと胸が詰まります。

1983年から84年にかけてと85年から86年にかけての冬、

エベレストの中国側チョモランマ峰に登りに行きました。

しかし1回目もその次も登頂することが出来ませんでした。

岩登りしながら、これは私たち人間が

山に対して思い上がってしまったのかなと思いました。

今でも冬は誰も登っていませんが、

人間が登るのは無理なのかなと思える状況でした。

最初は8100メートルで断念して帰って来て、

2回目は完ぺきに準備をして行ったのに、

8400メートルあたりでジェット気流が発生し、

風が山に当たって落石だらけとなり、戻ってきました。

日本では失敗して帰るとあの人は失敗したと言われることが多いですが、

海外では失敗はよくあることです。

2度あることは3度あるとか3度目の正直と言うのもありますが、

自然界では3度目はないようです。鶴がヒマラヤを越えるとき、

自力ではなく上昇気流に乗ってホバーリングしながら昇りますが、

気流が低いと越えられません。

その時は一度河原に降りて体制を整え、もう一度トライします。

しかし、2度目に失敗すると鶴はもう3度目をやらず、

その日は休んで翌日別のルートを探して山を越えるのです。

私たちも同じで1回目は準備不足を反省し、

2回目には準備はパーフェクトと思っても、自然が強すぎたのだとわかり、

すっきり諦めがついたのです。

子どものころにこういうことを学んでおけば、

テストで80点しか取れなかったときに、

それはそれで頑張った結果だという気持ちになれたのかもしれません。

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