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過去の放送

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2017年5月 7日放送 川村妙慶さん(第2032回)

会場
沼津市第一地区センター(沼津市)
講師
僧侶・アナウンサー 川村妙慶

講師紹介

福岡県生まれ。真宗大谷派僧侶。
関西を中心にラジオ番組のパーソナリティーなどをつとめる。
ホームページで日替わり法話を更新し、
メールでの悩み相談にも応じている。


ポイント第2032回「人が抱く畏れ」

人間とは強いように見せていても実は弱い存在です。
どんな人も不安の中で生きています。
龍樹菩薩という方は五怖畏(ごふい)という教えを示されました。
まずは「命終畏」
つまりこれは死を意味します。
自分が何歳まで生きられるのか不安で仕方がないと言う人がいます。
私もそんな思いを毎日持っています。
また身近な人が亡くなれば
その死をいつまでも引きずってしまうこともよくあります。
なぜ怖いのでしょう?この場から存在が消えてしまうのが怖いのです。
しかし、お釈迦様は四苦八苦の教えをお教えくださいました。
生まれれば老いていくし死ななければなりませんよ、
でも消えてなくなるのではないと言いました。
歎異抄の中で親鸞聖人は「娑婆の縁尽きてかの土へる」と書いています。
命が尽きたら元の浄土へ帰らせてもらうと。
金子大栄というお坊さんは
「花びらは散っても花は散らない 形は滅びても人は死なぬ」
と言いました。
今日を一生懸命生きたと言う達成感で畏れから解放されるのです。
2つ目は「悪名畏」です。
自分が誰かに悪口を言われていないか、という不安です。
悪口をいう人の身になって見ると、
悪口を言う理由の1つは羨ましいという気持ち、
相手が上なので、相手を自分より格下に置いてみることで安心するのです。
もうひとつは自分に余裕がないのです。
ですから、「皆が不安なのだ、すべては褒め言葉だ」
と思えば力強く生きて行けるのです。
次は「不活畏」です。
生活が出来なくなるのではないかという不安です。
学歴や免許さえあればと思いますがそれだけではいけません。
私が浄土真宗の教えをいただいた大谷専修学校では
「お念仏を戴きましょう」と教えられました。
阿弥陀さんの前で頭を下げることによって
ぼちぼち生きていけると教わりました。
私はお念仏で食べてはいけないと思いましたが、先生に言われました。
「人間食べてもいつかは死ぬからな」と。
不安の中で生きるか、心のよりどころがあって
生き生きと生きるかで違ってくるのです。
4つ目は「悪趣畏」です。
悪趣とは地獄のような苦しみの世界のことです。
地獄とは獣同士がぎゃんぎゃんひしめき合って自己主張し合い、
言い争う世界で、つまりは一人ぼっちで居場所がありません。
親鸞は地獄で生きていけばいい、いい人と思われなくていいのだと言いました。
最後は「大衆威徳畏」で人前にさらされる不安です。
今ここで私の代わりをしてくださいと言われたら困りますね。
なぜかと言うと人に見透かされるのが怖いのです。
好かれる人は「私アホやん」などと言える人ではないでしょうか。
それが親鸞聖人の言う煩悩具足なのかもしれません。

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