テレビ静岡

  • マイページ
  • 会員登録

過去の放送

テレしず ホーム > 番組案内 > テレビ寺子屋 > 夫を見送って

過去の放送

2014年10月18日放送 小山明子さん(第1909回)

会場 相良総合センターい~ら(牧之原市)
講師 女優 小山明子
講師紹介

1935年生まれ。
1945年に松竹にスカウトされ入社。
デビュー作「ママ横をむいてて」に出演。
1960年大島渚と結婚。
1996年大島氏が脳出血で倒れてからは
介護に専念する。
全国で介護体験の講演も行っている。

番組で紹介した本

「君たちはなぜ、怒らないのか」
父・大島渚と50の言葉
著者:大島武、大島新
(日本経済新聞出版社)

第1909回「夫を見送って」

2013年の1月15日に夫・大島渚を見送りました。

長い闘病生活でしたので、
息子に「ママの方が先に死んでしまうかも」と言うと、
「ママそれはダメ、順番がありますから、
ちゃんとパパのことを見送ってからにして下さい」と言われました。

大島に「私が先に死んだらどうする?一緒に行く?」と聞くと、
「行かない!」と答えました。

生まれる時も死ぬ時も別ですから
夫は当たり前のことを言っただけですが。

最後は私が看取りました。
ICUに入り、年が明けて、いよいよかと言う頃
、私は舞台を抱えていて、
稽古をしながらも付き添っていました。

私が「パパ、最後に神様が
何でも許してくれると言ったら、何がしたい?」と聞いたら
夫は「飲みたい」と言いました。
大島は酒飲みでした。

医者に「いいですか」と聞くと、
唇を湿らすくらいならいいでしょうと言うので、
それから毎日お酒をちょんちょんと唇に付けてあげました。

夫が死んだ時、私は舞台で忙しく、
無我夢中で葬儀を終えました。

私は泣きませんでした。
それは長い闘病生活の中で何度も山があって、
そのたびに悲しい思いをしてきたので、
いずれはという思いがあったからです。

でも、それからひと月ほどたったある日、
マッサージに行った帰りにレストランでランチをした時、
隣の席にいた私たちと同じような年恰好の夫婦が、
御主人はビールを飲み、
2人でスパゲッティを食べている姿を見て涙が出ました。

長い介護の生活で、
どん底に落ちたけれど、私たち家族はいたわりあい
助け合って1つになりました。

私は主人が入院し、
お手伝いの方も病気でいなくなった時、
初めて近所のゴミ出し当番をやりました。

それからは女優としてではなく、
病を抱える夫をみる妻として、生きるようになったのです。

いかなる地位や名誉があろうとも、
それを手放す心が大事だと、
上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケンさんは言っています。

このページの先頭へ