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2022年9月 4日放送 内藤いづみさん(第2296回)

会場 雄踏文化センター(浜松市)
講師 在宅ホスピス医 内藤いづみ
講師紹介

1956年山梨県生まれ。福島県立医大卒業。
1995年甲府市にふじ内科クリニックを開業。
命に寄り添う在宅ホスピスケアを30年近く
実践し、自宅での看取りを支えている。

番組で紹介した本 「簡易版 思いを書き留めておく いい塩梅ノート」

内藤いづみ(ふじ内科クリニック)

第2296回「いい塩梅で生きる」

病気で入院する時、みなさんは何を持っていきますか?小さなスーツケースをひとつ、本は1冊か2冊。写真ならば、アルバムを何冊も持って行くのは難しいでしょう。私たちがいま大切にしているものは、あの世に持って行けるものではありません。持っていけるのは「いい人生だった」とか、「いい人たちに恵まれた」という思い出だけなのです。

90歳近い末期がんの患者さんがご自身のケア会議に参加した時のことです。様々な分野の専門家が患者さんの最期をどう支えるか?真剣に話し合いました。そして「私たちが一生懸命支えますから」と患者さんの耳元で大きな声で伝えました。すると患者さんは涙をひとすじ流して「いい塩梅でお願いします」と言いました。白黒はっきりさせるのではなく、のりしろや遊びの部分があるのが『いい塩梅』です。

ある時、70代後半の患者さんに肺ガンがみつかりました。いまは様々な治療法があり、抗がん剤もいろいろあります。死ぬ間際まで治療を頑張る選択肢もあります。そんななか、彼女は家で過ごすことに決めました。3年半、何ごとも起こらず安らかに、食べたい物を食べて見たいテレビを見て暮らしました。しかし癌はいつか進行する時があります。私はその時が来たことを彼女や家族に説明して「これからはみんなで寄り添ってください」と伝えました。すると孫やひ孫が交代で彼女の周りに布団を敷いて眠り、まるで合宿のようでした。家族みんなが寄り添って大切な時間を過ごしました。

私は自分が悩んだとき患者さんに聞くようにしています。「どこが苦しい?いまどんな気持ち?」信頼関係があるからこそ答えてもらえます。彼女は最後に「いつかこういう時が来るとわかっていたけど、きのう、きょうとは思わなかった」と言いました。平安時代の歌人、在原業平の辞世の句と同じです。彼女はその後、昏睡状態になり静かに息を引き取りました。ひ孫や孫、子どもたちに囲まれて本当に幸せな時間だったと思います。

私たちは人とのつながりがなくては生きていけません。101歳になる女性の患者さんがいます。昼間はデイケアに通い、夜は家に戻ってきます。娘さんが夕食と次の日の朝食を用意してくれますが基本的にひとり暮らしです。しかし彼女には死の恐怖や不安はありません。とてもさわやかです。なぜかというといつも誰かのために役立つことをしているからです。

私が尊敬する永六輔さんは「生きているということは誰かに借りを作ること、生きていくということはその借りを誰かに返すこと」と言いました。101歳の彼女が毎日雑草を抜いたり、アクリルたわしを作ったりしているのは自分に親切にしてくれた人たちへの恩返しではなく、「別の誰かのために」という恩の連鎖なのだと思います。

この世に生を受けたこと自体が奇跡です。その奇跡に感謝しながら人生を歩んで欲しいと思います。そして、最期のことばは『ありがとう』です。

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