2026年3月29日放送

会場
浜松市総合産業展示館(浜松市)
講師
明治大学文学部教授 齋藤孝

プロフィール

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大学院教育学研究科博士課程等を経て現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。
「声に出して読みたい日本語」ほか、著書多数。

第 2475 回
人生を豊かにする昭和歌謡の世界

いま、昭和歌謡が若い世代にも注目されています。中高年と若い人をつなぐ話題として、また変わっていく時代を映すものとして、昭和歌謡の味わい方をお伝えします。

昭和歌謡曲の大きな特徴は、覚えやすく歌いやすい曲が多く、みんなでメロディを共有できること。そして、ほとんどの歌詞をプロの作詞家が作っていたことです。自分で作詞・作曲をするシンガーソングライターもいましたが、昭和歌謡では『作詞家・作曲家・歌手』をプロデューサーがまとめていくというシステムが大半でした。

私は以前、山口百恵さんなどの作詞を手掛けていた松本隆さんに、こんな質問をする機会がありました。「歌を作り上げるうえで大事なことはなんですか?」すると松本さんは、「やっぱり声が全てじゃないでしょうか」と答えました。歌手それぞれの声があり、「山口百恵さんの声だからこの詩が似合う」という感じで、その声のために詩を書いていたようです。

作詞家が作る歌詞は、物語性が強く文学的で、昭和独特の「情緒」あふれる世界観が広がっています。「情緒」というものは「風景描写」とセットになっていて、「私たちの心は風景と一体である」という説もあるように、うっそうとした森に行くと、うっそうとした気分になる。晴れ晴れとした海辺に行けば、晴れ晴れとした気分になる。心と風景というのは切り離すことができないのです。この風景描写を、昭和歌謡の作詞家はとても丁寧にやっていて、地名などが入ることでいっそう没入感が増すわけです。

昭和らしい描写の特徴として、当時の貧しさや男女の難しさを歌った「暗さ」があります。その「暗さ」というものが、なぜか心地よい感じもありました。歌を通してみんなで暗さを共有して、歌を励みにして生きていく。時代が変わった今でも若い世代が注目し、評価していることを踏まえると、普遍的な情感を昭和歌謡は持っていたのではないかと思います。

日本が元気で右肩上がりで、でも苦労も多かった昭和という時代。その苦労を、覚えやすく歌いやすい歌謡曲にのせてみんなで共有する、という良さがありました。昭和歌謡は日本人の情緒の宝庫だと言えます。今の歌の良さに加えて、さらに昭和歌謡の良さも知ることができると、より人生にも奥行きが出ると思います。何より世代を問わず、みんなが夢中になれるものがあるというのは素晴らしいことです。ぜひ昭和歌謡の世界を楽しんでください。

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