2021年6月 6日放送 小菅正夫さん(第2233回)
会場 | テレビ静岡(静岡市) |
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講師 | 札幌市円山動物園参与 小菅正夫 |
講師紹介 | 1948年北海道生まれ。 |
会場 | テレビ静岡(静岡市) |
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講師 | 札幌市円山動物園参与 小菅正夫 |
講師紹介 | 1948年北海道生まれ。 |
チンパンジーは群れの中で生まれて群れの中で育ちます。
円山動物園のメスのチンパンジー「レディー」に悲劇が起きたのは、生後56日目のことでした。
母親のエリサがレディーを抱えたまま高さ15メートルの塔から転落してしまったのです。
エリサは即死状態でしたが、レディーはエリサにしっかり抱かれていたため助かりました。
この日からレディーは飼育員に育てられることになりました。
しかし人に育てられたチンパンジーは群れに戻ることができません。
心が「ヒト」になってしまうのです。
そこで円山動物園では、レディーを育てながら群れに戻す計画が始まりました。
ただし群れに戻す期限があります。それはレディーが5歳になるまで。
赤ちゃんのチンパンジーは顔とお尻が白くなっています。「ベビーシグナル」です。
このシグナルが消えるのが5歳ころ。群れに戻す計画はそれまでに完結させなければなりません。
まず、担当飼育員が母親代わりになりました。
最初の一週間は動物園に泊まり込んで24時間一緒に過ごします。
しかしこれをずっと続けてしまうと心が育ちません。
一番の問題はレディーが飼育員を母親だと思い込んでしまうこと。
そこで他の飼育員にも協力してもらってレディーの面倒をみました。
レディーが生後3ヵ月になった時、群れの仲間に会わせることになりました。
しかしガラス越しです。
次に生後半年の頃、レディーの兄弟のオス2頭に会わせることに。
2頭は4歳、こちらもまだ子どもです。
2頭が部屋に入って来た時、レディーは飼育員に抱きついて離れませんでした。
最初はこの安心感が大切です。安心感があると積極性にもつながります。
想定通り慣れてくると3頭で一緒に遊べるようになり第一段階は大成功しました。
続いて、レディーより5ヵ月早く生まれたメスのチンパンジーとその母親との対面です。
レディーの母親は飼育員。お互いにまず親同士が挨拶します。
親が打ち解けると子どもは安心して遊べるようになるのです。
レディーは兄弟、そして歳の近い親子と過ごしたことで
挨拶の仕方や群れの階級社会を学習していきました。
レディーが4歳7カ月になった時、いよいよ群れのボス・トニーと会わせることになりました。
トニーは30歳。万が一拒絶されてしまったらレディーは群れに戻ることができません。
5歳まであとわずか、これがラストチャンスです。
飼育員だけでなく動物園のみんなが心配しました。
しかしレディーは臆することなくトニーの所に行って挨拶をしたのです。
そればかりか背中に回ってグルーミングもしました。
群れの中で自分がどういう位置にいるのか、わかっていたようです。
これで完全に群れの一員になることができました。
あとはレディーが群れの中で子どもを産み、育てられればすべて完結です。
レディーが無事に群れに戻ることができたのは
母親に抱かれて過ごした生後56日の影響が大きかったと思います。
この経験と心の成長があったからこそ、途中で人が関わってしまったものの、
その後しっかりとチンパンジーとして歩むことができたのだと思います。