2012年7月 7日放送 池間哲郎さん(第1795回)
会場 | さくら台幼稚園(富士市) |
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講師 | (一社)アジア支援機構 代表理事 池間哲郎 |
講師紹介 | 1954年沖縄生まれ。 |
会場 | さくら台幼稚園(富士市) |
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講師 | (一社)アジア支援機構 代表理事 池間哲郎 |
講師紹介 | 1954年沖縄生まれ。 |
1990年に訪れた、フィリピンのトンド地区にあるスラム街、
いわゆる「スモーキーマウンテン」が、私の支援活動の原点です。
そこには、ごみの中で生活する、約3万の人が住んでいました。
その人たちは、ごみの中から、ビンやアルミ缶など、
リサイクルできるごみを拾うのが仕事です。
そこに住んでいた11歳の女の子に、
「あなたの夢はなんですか」と聞きました。
答えは、「大人になるまで生きること」でした。
その子がそのあとどうなったか、私には分かりません。
カンボジアのステンミエンチャイという地区のゴミ捨て場には6千人が住んでいます。
凄まじい異臭と有毒なガスが立ち込め、
4、5メートルほどしか視界がない中で、大人も子どもも犬も一緒。
そして、夕方5時にゴミ収集車がやってくると皆が集まってきます。
それから夜明けまでずっと、食べ物やお金になりそうなものを探して、
やっとの思いで得るお金は80円程度です。
ここでもある少年に「あなたの夢はなんですか」と聞いて見たところ、
「1回でいいからお腹いっぱい食べてみたい」と言いました。
ハーレーちゃんという少女は、学校に行けません。
ごみの中から、週刊誌を拾って来て、
大人たちに何が書いてあるのか、質問を浴びせていました。
そして、私に言いました。
「.私、町を歩くときは下を向いているの。だって、町で学校に通う子を見るのがつらいから」
そして「夢なんか一度も見たことはありません」とうつむいてしまいました。
しかし、彼女たちはとても家族思いでした。
あるとき、私がおごるからと言って子どもたちに弁当をふるまったことがありました。
日本円で1000円くらいのかなり豪華なお弁当です。
その子たちはそれを見ると皆飛び上がって喜びましたが、やがてふたを閉じてしまいました。
どうしたのかと不思議に思っていると、
5歳の女の子が私に、「お願いがあります。このお弁当を家に持って帰っていいですか?
こんなご馳走、一人では食べられない。家族と一緒に食べたいんです」と言ったのです。
彼らの食事は1日1回、それもおかずはスープや時には塩だけのこともあります。
だから、体力がなく、風邪をひいただけで死んでしまうことも珍しくありません。
ごみのトラックにひかれて命を落とす子もいます。
活動をしていて虚しさを覚えるときもありますが、
私がこの活動を続けていられるのは、誰かを助けてあげることではなく、
自分がこの子たちから人間として大事なことを教えられているからだと思います。