2014年12月13日放送 川村妙慶さん(第1916回)
会場 | 大須賀中央公民館(掛川市) |
---|---|
講師 | 僧侶・アナウンサー 川村妙慶 |
講師紹介 | 福岡県生まれ。真宗大谷派僧侶。 |
会場 | 大須賀中央公民館(掛川市) |
---|---|
講師 | 僧侶・アナウンサー 川村妙慶 |
講師紹介 | 福岡県生まれ。真宗大谷派僧侶。 |
人の間と書いて人間です。
一人で生きていくことはできません。
人間関係が下手と言う方は、
間のとり方が苦手なのかも知れません。
私も、この人を傷つけたなとか、
ちゃんと伝えられたかなとか、後悔の中で生きています。
人間関係を良くするものは、聞くということ。
浄土3部教のお経にも、
「如是我聞」とう1句があります。
お釈迦様は仏教を伝えましたが、
一言も仏の教えを書いてはいません。
もしもご自分で書いたのであれば「如是我説」でもいいのです。
まず、お釈迦様の教えを弟子が聞きました。
そしてその言葉を今の生活に照らしあわせてみて、
そういえばこういうところで悩んでいたなとか、
こういう生き方もあるなと感動した。
そしてその喜びを次の世代に伝えていこうとしたものが、
インドから中国、日本へと伝わり、
2500年後の今でも残っているのです。
商売をしている人は経験があると思いますが、
自分がうちの料理はおいしいよと宣伝するよりも、
まずはお客さんが食べて、
おいしかったと感動してくれるその言葉が、
説得力を持って伝わるのです。
この命はそれを私たちに教えてくれます。
顔の中心に目と鼻と口があります。
それらは意志で自由にストップすることが出来ますが、
耳は違います、耳は開け閉め出来ません。
つまり、開け閉めしないで、
顔の端っこで尋ねて行きましょうということです。
聞くとはどういうことでしょうか。
例えば、子供が学校から帰って来たとします。
皆さんが親という立場で話しかける時、
「今日、学校どうだった?」と聞いてしまうことがあります。
でも、学校に興味があるのは大人で、
本人は学校以外のことを聞いて欲しいかもしれません。
だから答えは「別に」となります。
扉を開くのは興味のあることだけ。
それは本当に聞いたということにはなりません。
「今日、どうだった?」だけでいいのです。
親鸞上人は「無明」という言葉を教えてくださいました。
「あなたは何も見えていませんね。知ろうとしていませんね」
というメッセージです。
つい、わかったことにしてしまう人間の愚かさを伝えています。