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過去の放送

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2012年5月26日放送 鈴木中人さん(第1789回)

会場
方広寺(浜松市)
講師
いのちをバトンタッチする会代表 鈴木中人

講師紹介

1957年生まれ。
1992年長女の小児がん発病を機に、小児がんの支援活動、いのちの授業等に取り組む。
2005年、会社を早期退職し、「いのちをバトンタッチする会」を設立。
いのちの輝き、家族の絆、生きる喜びなどを全国に発信している。

番組で紹介した本

*番組で紹介した本
 「人生のそのときに心に刻む10のこと」
  著者 鈴木中人
 (致知出版社・税込み 1,470円)


ポイント第1789回「大切な人を送るとき」

私は愛知県で生まれ、地元の会社に勤め、社内結婚をして、
子どもが2人生まれ、普通の家庭を営んでいましたが、
長女の景子ちゃんが3歳の夏、小児がんを発病しました。
お腹にできたがんです。医師からそれを告げられた時、
「何で景子ちゃんが!何で俺が!」という思いにかられ、
「どうか、よくなりますように」と景子ちゃんの寝顔に妻と手を合わせました。

それから206日間、大学病院で治療を続け、やっと回復して戻れるということになり、
念のためにと言って検査したところ、脳にがんが見つかりました。
やがて骨にも転移して、医師には「あと数カ月」と宣告されました。

私と妻は2つのことを決めました。
ひとつめは景子ちゃんに輝きのある一日一日を届けること。
ふたつめは、安らかに送ることでした。

辛い治療の毎日が再び始まりました。ある時、保育園で生活発表会がありました。
景子ちゃんは、「笠地蔵」のナレーター役を一生懸命につとめました。
そのまま家には帰れず、再び病院に戻った時、
景子ちゃんは、「お母さん、私が病気だからいつも病院でごめんね」と謝りました。
妻は「そんなことないよ。いつも一緒だから大丈夫だよ」と答えました。
その晩、妻はトイレで泣きました。

4月には小学校に入学、骨が弱っていたので、病院から車いすで先生や友達に会いに行きました。
看護師さんの結婚式にも行きました。
景子ちゃんの夢はお嫁さんになることでした。
結婚式から帰ると、自分の花嫁姿を絵に描きました。

そのころには景子ちゃんの目の周りは薬のために黒ずんでいて、
すれ違う人はみんな振り返りました。
何で頑張るんだろうと思いましたが、景子ちゃんは「死んでしまう子」ではなく、
「生き抜こうとする子」でした。

命には、体の命と心の命があります。

大切な人を亡くすことは、人生を再構築するきっかけになるのです。
大切な人が亡くなったあと、その人を思い、物語ることで心の命はつながり、
今生きることの意味が深まるのです。

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