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2022年8月21日放送 内藤いづみさん(第2294回)

会場
雄踏文化センター(浜松市)
講師
在宅ホスピス医 内藤いづみ

講師紹介

1956年山梨県生まれ。福島県立医大卒業。
1995年甲府市にふじ内科クリニックを開業。
命に寄り添う在宅ホスピスケアを30年近く
実践し、自宅での看取りを支えている。

番組で紹介した本

「人間がいきているってこういうことかしら?」
著:中村桂子・内藤いづみ(ポプラ社)

「改訂版 あした野原に出てみよう 在宅ホスピス医のノートから」
著:内藤いづみ(オフィスエム)

ポイント第2294回「いのちの読書録」

私の人生を振り返った時、本との出合いを抜きに今の自分はないと思います。読書との出合いがなければ、ホスピスケアをイギリスで学ぶこともなかったかもしれません。

みなさん、好きな本を思い浮かべてください。私の一冊は『秘密の花園』というイギリス出身の女性作家の小説。孤独な少女が友だちと出会い「秘密の庭」の復活を通して成長する物語です。「小説の舞台になったイギリス・ヨークシャー地方はどんなところだろう?」当時10歳の私は頭の中で思い描いていました。その25年後、私はそのヨークシャーの地に立っていました。縁があってイギリス人の夫と結婚する運命が待っていたのです。

私が自分の代表作だと思う『あした野原に出てみよう』という本があります。この本は「つらいことがあって閉じこもっても、いつか必ず外に出られる日が来る」というメッセージが込められています。きっかけは私の父の死でした。父が突然、脳卒中の発作で倒れて帰らぬ人になりました。当時の私は事実が受け入れられません。そんな中、気丈に振舞う母。私も母に弱みを見せないように一度も泣きませんでした。しかし3ヵ月経って「父はもう帰って来ない」と気づいた時、母に聞こえないように布団をかぶって泣きました。毎晩泣いて、そしてもう涙も出ないと思った時に、野原に出て頬をなでる風を感じて我を取り戻しました。花の香りや鳥の声に背中を押されて「父の分まで生きよう」と思えました。その想いが本のタイトル『あした野原に出てみよう』に反映されています。

そしてこの本を一緒に作ってくれたのが私の親友でもある男性編集長でした。ある日、彼から電話で「癌が全身に転移してもう手遅れかもしれない」と言われました。私は医者ですから、「治療を続けることで少しだけ命が伸びるかもしれない。しかしもう彼は家に帰れないだろう」と思いました。だから治療は一区切りにして家に帰るように勧めました。それから1カ月間。彼は会いたい人に会って、食べたい物を食べて、生きている実感をもう一度味わうことができました。愛する妻には「一緒にいてくれてありがとう」と感謝の言葉を何度も伝えました。

奥さんからメールが届いたのは明け方の4時頃でした。「もう危ない」とひと言。彼の住む山荘に飛び込んだ時、私が想像していた看取りの現場とは少し違っていました。私はすぐに担当医に連絡して少しだけ手を加える許可をもらいました。すると彼は安らかな表情に戻り、最期の仕事を一晩かけて見事にやり遂げました。私も看取りの場面に会いに行くという約束を果たすことができました。看取られる人の一番の願いは残された人たちが一日も早く笑顔になることです。

デジタル社会はイエスかノーか、瞬時に判断できる時代になりました。しかし命には時間があり、時間をかけて待つものです。生きることを急がずゆっくりと。そして活字の世界もみなさんの宝物として大切にして欲しいと思います。

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