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過去の放送

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2024年3月 3日放送 野口健さん(第2371回)

会場
浜松市総合産業展示館(浜松市)
講師
登山家 野口健

講師紹介

1973年アメリカ生まれ。1999年エベレスト登頂に成功し、
7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。
近年は、ヒマラヤや富士山の清掃活動に加え、
被災地支援などの社会貢献活動を行っている。

番組で紹介した本

「登り続ける、ということ。 山を登る 学校を建てる 災害とたたかう」 著:野口健(学研プラス)

ポイント第2371回「ヒマラヤに学校を」

ネパールの「マナスル」という山の麓、標高3600メートルのところに「サマ村」という村があります。ヒマラヤの清掃活動の一環で、そのサマ村に数日間滞在した時のことでした。僕たちのテントに子どもがいっぱい集まってきたので、「みんなの夢ってなに?」という質問をすると、きょとんとしています。山登りのガイドをしてくれているシェルパに話を聞くと、当時のサマ村には、そもそも「夢」という概念や考え自体がないと言うのです。

僕にとって「夢」は、子どもの頃に自然にポッと出るもの。例えば僕は子どもの頃、「ドリトル先生航海記」を読みながら地球儀を見て、「この辺りかな」などと想像してワクワクしていました。それが夢を抱くことにつながったのだと思います。「夢を持つには何かしらきっかけが必要だ、まず本だ」という考えが浮かびました。しかしサマ村はネパールの外れの本当に貧しい村で、学校がありません。「子どもたちに本を読んでもらいたいけれど、読み書きができないと読めない。だったら学校を作ろう」と、シンプルにそう思いました。

僕は村人を集めて「学校を作らないか」と話しました。歓迎してくれると思っていたのですが、「子どもはヤクの放牧や水汲み、畑仕事などの『労働力』で、学校に取られたくない」「男の子は将来出稼ぎで海外に行くかもしれない、でも女の子は村を出ないのに勉強する理由がどこにあるのだ」などと、反対意見も出てきました。

お金を集めて建物を作ることはできますが、学校だけ作っても教育に対する理解がないと親が子どもを通わせてくれない。ここはちょっと時間をかけようと思いました。

当時のサマ村は、山小屋のゴミをあちこちに捨てたり、家にはトイレがなかったり、とても汚れていました。そこでまずは、村をきれいにすることから始めました。二年間ぐらい何度も通って、村人と一緒にゴミ拾いをしてご飯を食べて、だんだん関係性が深まっていきました。そこで、学校の建設をもう一度提案してみると、「健がそこまで言うのならやってみよう」という話になったのです。

サマ村まで大工さんは多くは来られず、村人のサポートが不可欠です。大きな岩を砕いて手作りの石のブロックを作って運び、力を合わせて一年余りで学校が完成しました。

数年後、「夢ってなに?」と聞いたらきょとんとしていた子どもたちに同じ質問をしてみました。すると、「ヘリコプターのパイロットになりたい」「学校の先生になって教えたい」「村には病院がないから、お医者さんになってじいちゃんばあちゃんの膝や腰を治してあげたい」と、かつて夢という概念がなかった子どもたちが、夢を語るようになったのです。

僕たちがネパールのいろいろな村に行くと、子どもたちが「ペンをください」と言います。ある時、鉛筆と紙を渡したら、「自分の名前を書いてほしい」と言うので、シェルパがネパール語で書いてあげました。すると、彼は「これが僕の名前?」と聞いて、嬉しそうにずっと真似して書いています。鉛筆を持って書けるというのは、もうそれだけで嬉しいんですよね。僕が子どもの頃、学校に通えるのは当たり前すぎて特に感謝していませんでしたが、「ああ、恵まれていたんだな」と思います。

子どもたちの夢と未来のため、これからも活動を続けていきたいと思っています。

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